TOP Ngorongoro-ンゴロンゴロ・コーヒー保護区-
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”スペシャルティ”のタンザニア
タンザニアのスペシャルティコーヒーって飲んだことありますか?
「あります」と即答できる方は結構少ないと思います。
近年のスペシャルティコーヒーシーンで紹介される東アフリカコーヒーは、ほとんどがエチオピアですからいたし方ありません。そして、エチオピアの次に取り扱うとしたらやはりタンザニアではなくケニアでしょう。双方ともインパクトのある風味をもたらしてくれる生産国で、堀口珈琲も長年力を入れ続けてきた産地です。
スペシャルティコーヒーの世界ではエチオピアとケニアの影に隠れてきた東アフリカの名産地、そんなタンザニアに対し堀口珈琲は今改めて熱い視線を送っています。
きっかけは、スペシャルティコーヒーらしい生豆が市場から急速に失われていることへの危機感です。違和感のあるおいしくない味わいを“普通と違うから個性”と捉えてしまう風潮や、ゲイシャ品種やナチュラル精製に代表されるインパクトのあるものを偏重的に評価する状況が、「繊細なおいしさ」や「滋味深いおいしさ」「バランスのとれた端正なおいしさ」を駆逐しつつあります。
実際、中南米の多くの産地ではスペシャルティコーヒーらしさの崩壊が急速に進んでおり、年を追うごとにスペシャルティコーヒーの基本を備えた生豆の調達は難しくなっています。
こういった時代において、スペシャルティらしさを維持できている産地を見出しスポットライトを当てることで、まだ残されているスペシャルティらしさの保全に繋がるのではないか?
こんな少し壮大すぎるテーマを頭に思い描きながら世界地図を見渡していた時に、グァテマラのアンティグア地域と共に超重要地域として見えてきたのがタンザニアの“ンゴロンゴロ”でした。
そして、視線を送ることに留まらず今年の8月には実際の行動に移し、社長の若林と商品企画担当の島崎でンゴロンゴロを巡ってきました。現地でのテースティングや農地の視察、生産者への取材と意見交換を通じて、“ンゴロンゴロ”の重要性は確信に変わりつつあります。
今回の特集では、“ンゴロンゴロ”に注目するきっかけとなった「ハイツ・ブルーリボン」というコーヒーを一緒にじっくりと味わいながら、この地域の重要性をお伝えしていきます。
将来やってくるであろう様々な“ンゴロンゴロ”コーヒーたちを出迎える準備も整いますので、おいしく楽しくお付き合いください。
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ンゴロンゴロを味わおう:
ハイツ農園
1章では大きなテーマを掲げましたが、ここでは味わうことに集中します。
まず、以前アンティグア特集でお伝えした「スペシャルティコーヒーの基本の風味」をおさらいしましょう。
・前提としてクリーンであること(味わいの要素それぞれにネガティブがない)
・きれいな柑橘の酸
・ほどよいコクと甘み
・ほのかに香るフローラル
・バランスに優れたマイルドな味わい
でした。
「きれいで“ニュートラル”な風味の中に、主張し過ぎない特徴が加わり、それぞれのコーヒーに個性をもたらす」
こんなイメージです。
では、東アフリカのコーヒーたちはどんな味わいでしょうか。
全体的な印象としては「“濃縮感”があり “力強い” 」です。
他の産地とは決定的に異なる点です。
この感覚を東アフリカ以外で感じとれる産地はあまりありません。パッと思い浮かぶのはコロンビア・ナリーニョ地域とマンデリンくらいです。
もう少し解像度を上げて、東アフリカを代表する3つの生産国エチオピア・ケニア・タンザニアの風味傾向を見ていきましょう(ルワンダ・ブルンディ・ウガンダなどにも優れたコーヒーはありますがその紹介はまたいつか)。
エチオピア
フローラルやフルーティー、場合によってはスパイシーなど、わかりやすく華やかな香りが全面に感じられるアロマティックなコーヒーを産出します。華やかさに引っ張られて“軽やか”“さっぱり”と捉えられがちですが、充実した味と質感を兼ね備えたエチオピアコーヒーも多く見られます。イルガチェフェやグジといった地域がその代表的産地です。
ケニア
スペシャルティコーヒーに感じられる基本の果実味である柑橘に加え、赤系果実からカシスなどの黒系果実まで、幅広いフルーティーが感じられる、エチオピアと双璧をなすアロマティックコーヒーの産地。東アフリカの特徴である“力強さ”も突出していて、フルーティーさと力強さ双方が明瞭な、はっきりした味わいの産地です。ケニア山とアバデア山脈の裾野に素晴らしい産地が広がっています。
タンザニア
柑橘主体の果実が豊かに感じられるのがタンザニアのベースの風味です。柑橘の種類は緑や黄色ではなくオレンジ色。東アフリカらしい濃縮感や力強さはあるものの、ケニアのような濃縮感!力強い!ではなく、“程よい”というイメージ。中米のマイルドコーヒーをやや力強くしたバランスです。
おさらいすると、
<スペシャルティコーヒーの基本の風味>
・前提としてクリーンであること(味わいの要素それぞれにネガティブがない)
・きれいな柑橘の酸
・ほどよいコクと甘み
・ほのかに香るフローラル
・バランスに優れたマイルドな味わい
<東アフリカの傾向>
・濃縮感があり力強い
<タンザニアの傾向>
・オレンジ色の柑橘
・ほどほどに濃縮感があり、ほどほどに力強い
これらを踏まえて、今回用意したハイツ・ブルーリボンのシティロースト、フレンチロースト、イタリアンローストをテースティングしていきます。
1. シティロースト
まずは、シティローストです。
【用意するコーヒー】
タンザニア 「ハイツ農園」 シティロースト
【抽出のコツ】
シティローストはほろ苦さや滑らかな質感を感じつつも、浅煎りに通ずる華やかな香り、きれいな酸味も感じることができる焙煎度です。抽出も「濃すぎず、薄すぎず」バランスの良さを意識しましょう。
<ポイント>
注ぎ始めは少量の湯を静かに注いで粉にお湯を浸透させます。30秒前後でサーバーに抽出液がポタポタ落ち始め、注ぐ量を少しずつ増やして60秒前後で抽出液のポタポタが線状になるように。その後は表に記載の抽出時間くらいで目標の抽出量に達するよう注ぐペースを早くしていきます。
【味わい】
アタックからしっかりと柑橘の酸が感じられます。
ほのかにベリーの要素も感じられ、瑞々しさとシティローストのほろ苦さ・甘さが加わり、まるでブラッドオレンジのようです。味わいの要素全体が一般的なタンザニア産よりも多く、より力強いタンザニアコーヒーという印象。一方で、余韻までしっかりと柑橘が続くことで瑞々しさも強調され、東アフリカらしい濃縮感を感じつつも、重すぎず軽すぎず、程よいバランスでフィニッシュしていきます。最後に、鼻から抜ける香りにほのかなフローラルが現れ、華やかなで心地よい余韻とともにで一口が終わります。
2. フレンチロースト
続いて、フレンチローストです。
【用意するコーヒー】
タンザニア 「ハイツ農園」 フレンチロースト
【抽出のコツ】
フレンチローストはのうこうな味わいを楽しむために、抽出は「じっくり」いれていきます。
<ポイント>
注ぎ始めは少量の湯を静かに注いで粉にお湯を浸透させます。40秒前後でサーバーに抽出液がポタポタ落ち始め、注ぐ量を少しずつ増やして70秒前後で抽出液のポタポタが線状になるように。前半はシティローストよりもやや「じっくり」を意識します。
その後は表に記載の抽出時間くらいで目標の抽出量に達するよう注ぐペースを徐々に早くしていきます。
【味わい】
口に含んだ瞬間から、きつさのない良質な苦味がしっかりと感じられ、"心地よいコーヒー感"から始まります。
そこに深煎りでもしっかり残る柑橘が加わり、果実感はベリーの印象に向かいます。ベリーのニュアンスはシティローストよりも感じやすくなり、余韻に向けてより優勢に。深煎りですがシティローストよりもフルーティーさを感じやすいのではないでしょうか。
舌触りは角が取れていて心地よく、密度もあってきめ細やか。そこに和三盆のような柔らかい繊細な甘みが感じられます。
東アフリカらしい力強さを感じつつも、きめ細やかさや繊細さが感じられるので決して力強すぎない、重すぎない絶妙な感覚。ケニアでもなく他のタンザニアとも違う、フルーティー・力強さ・繊細さのユニークなバランス感はこのコーヒーならではの体験です。
3. イタリアンロースト
最後に、イタリアンローストです。
【用意するコーヒー】
タンザニア 「ハイツ農園」 イタリアンロースト
【抽出のコツ】
お湯を注ぎすぎないように、我慢しながら小刻みに抽出するイメージで。15gでの抽出が難しければ、25gのレシピでいれてみると少しだけやりやすいかもしれません。
<ポイント>
注ぎ始めは少量の湯を静かに注いで粉にお湯を浸透させます。50秒前後でサーバーに抽出液がポタポタ落ち始め、注ぐ量を少しずつ増やして80秒前後で抽出液のポタポタが線状になるように。前半はフレンチローストよりも「じっくり」を意識します。
その後は表に記載の抽出時間くらいで目標の抽出量に達するよう注ぐペースを徐々に早くしていきます。
3つの焙煎度の中で最も抽出量が少ない(=濃度が最も濃い)レシピですので、抽出後半もゆっくり焦らずお湯を注ぎ、のうこうな液体に仕上げます。
【味わい】
透明感すら感じるとってもきれいなお手本のような苦味から始まります。そして、極深煎りのロースト香。
もうこれだけで素材の品質の高さとロースト技術の高さの双方を存分に楽しめるはずです。
次に感じるのは質感。あまりに角がなくきめ細かい舌触りのため軽やかなコーヒーだと一瞬錯覚してしまいますが、密度の高さと濃縮感はしっかり感じられます。
フレンチローストで感じた柑橘とベリーのニュアンスがイタリアンでもほのかに残っているのを見つけた後に、濃密な甘みがやってきて、再びほろ苦さが戻ってきます。
最後に華やかな香り。
ここまで煎りこんでも、飲み込むまでに一切ひっかかりはなく、風味もしっかり感じられます。素材由来とロースト由来の風味がバランスよく配置されたエレガントなイタリアンローストです。
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なぜンゴロンゴロに
注目するのか
ハイツ農園・ブルーリボンのコーヒーはいかがでしたか?
とっても、おいしかったですよね。
普段はエチオピアしか飲まない方もケニアが大好きな方も、タンザニアのンゴロンゴロに興味が湧いてきたはずです。
ここからは東アフリカの名産地として注目して欲しいンゴロンゴロの特殊性をたっぷりとご紹介していきます。
赤く囲ったエリアがンゴロンゴロです。タンザニア北部の内陸、ケニアとの国境付近に位置しています。
1. ンゴロンゴロ・コーヒー保護区
「コーヒー保護区」
といってもタンザニア政府が指定しているわけではありません。
現在、世界のコーヒーを見渡すと、気候変動とその影響を受ける病害虫への対応、生産性という経済的問題に傾倒しており、“おいしさ”という観点が重要視されるシーンはほぼなくなってしまっていることに気づきます。生産国側でも消費国側でも。
そんな中で、スペシャルティコーヒーらしさ、スペシャルティコーヒーらしい“おいしさ”を安定的に提供し続けてくれる産地、そんな可能性を残している産地として堀口珈琲の生豆調達担当が注目したのがンゴロンゴロ地域です。
現地確認を経て、そこにはスペシャルティコーヒーにとって重要な要素が広がっていることが確認できました。
この地域が将来も素晴らしいコーヒーを生み出し続ける産地であり続けてほしい。そんな思いを込めて「ンゴロンゴロ・コーヒー保護区」と銘打ちました。
本章ではンゴロンゴロが持つ、高品質なスペシャルティコーヒーを生み出すことのできる要素たちを紹介していきます。
2. 要素1:自然保護区がもたらす安定した生産環境
まずはなんといっても環境面です。
この地域には世界的に超有名なランドマークのンゴロンゴロ・クレーターがあります。
聞いたことないよ、という方のために簡単に概要を記します。
ンゴロンゴロ・クレーターは世界で2番目に大きいカルデラ。隕石の衝突でできたのではなく、300万年前に起きた火山の噴火跡です。
陥没してできた内側の盆地部は南北16km、東西19km、周囲を囲う外輪山の標高は約2,400m、クレーター内の盆地部でも約1,800mと広大で高標高な地形が広がっています。
盆地部と外輪山外側のトップパートは自然保護区として保全されており、バッファローの群れやゾウ、キリン、ライオン・・・アフリカの大自然をイメージするときに頭に浮かぶ生きものたちが行き交う豊かな生態系を見ることができ、世界中から観光客が訪れます。
もう1つのこの地域のランドマークは標高3,188mを誇るオルディアニ山です。
ンゴロンゴロ・クレーターの南西側に接続する形になっており、外輪山の一部を形成しているようにも見えます。
特にコーヒーにとって重要な山で、オルディアニ山とンゴロンゴロ・クレーター外輪山のスロープに沿う形でンゴロンゴロのコーヒー産地が広がっています。
ンゴロンゴロ・クレーター
スペシャルティコーヒーの産地として重要な環境要素はいくつもありますが、「標高」と「水」は特に重要です。
ンゴロンゴロの全域的に高い標高と降雨パターン、豊かな水源は、高品質なアラビカコーヒーを安定的に生産するのに大きなアドバンテージをもたらしてくれます。
【標高】
ンゴロンゴロのコーヒー農地はオルディアニ山とそれに連なる外輪山のスロープの下部、1,500mくらいから1,900m付近にかけて広がっています。スペシャルティコーヒーにとって全域的に標高が高いことは、そのまま地域全体のポテンシャルが高いことを表します。
2章で味わった、きれいで豊かな柑橘や力強さの一端は、この総じて高い標高がもたらしていると言ってよいでしょう。
【水】
コーヒー農地の広がるンゴロンゴロ・クレーターの南東側斜面では、南から入ってくる湿潤な風が外輪山とオルディアニ山にぶつかって雨雲が形成されます。そのため雨量は周辺の乾燥地帯とは異なり比較的豊富で、コーヒー栽培には十分です。高標高であることや湿った空気の流入により、毎朝霧がかかることもプラスに働きます。
雨季と乾季がはっきりと分かれる地域でもあり、コーヒー栽培時に必要な時期にはしっかりと雨が降り、天日乾燥を行う時期には乾燥します。コーヒーを生産を行いやすい気候パターンです。
加えて大きいのが自然保護区の存在です。
気候の変動や災害による雨不足のリスクはンゴロンゴロ地域にもあります。そのリスクを和らげてくれるのが、農地の上部に広がる保護林から供給されるマウンテンウォーターです。各農園は貯水池を設けて雨水やマウンテンウォーターを貯水しておき、必要に応じて灌漑に活用しています。
この水は生豆の加工工程(ウォッシュト精製)にも使用します。質の高いウォッシュト精製にはきれいな水が欠かせません。その水の確保が容易であることはこの地域の強みでしょう。
余談になりますが、農園の下流には街があるため、そこで使用する水の確保や水質への配慮も必要です。ンゴロンゴロの農園の多くは節水や排水への取り組みも進めています。また、保護区以外にも、所有する土地の中に動物が通るための回廊(コリドー)を設置しており、生態系との共生を意識していることが伺えます。
オルディアニ山
【土壌】
せっかくなので土壌にも触れておきましょう。
この地域はンゴロンゴロ・クレーターやオルディアニ山の火山活動によって供給された火山灰が長い年月をかけて風化し、豊富なミネラルを含む土壌が形成されています。言い換えるとコーヒー栽培にとって必要な微量要素がしっかりと含まれている土壌です。
加えて、オルディアニ山に近い場所では豊富な雨量が育んだ植生から有機質層が発達し、肥沃な土壌を形成しています。
※オルディアニに近い場所は有機質層が発達しているため黒っぽい土壌、オルディアニから離れた西のカラツ側は有機質層が薄いため赤っぽい土壌を多く見かけます。
このように、標高・水・土壌というコーヒー生産に欠かせない3つの要素が、ここで高品質なコーヒーを作ってね、と言わんばかりに揃っています。
少し他国に目を向けてみると、中米コスタリカでは水質保護を目的とした取水制限がありますし、近年ブラジルの一部地域では干ばつのリスクが高く、農地を潰して貯水池を作らなければならないという事情も聞いています。
エル・ニーニョ現象によって定期的に干ばつが訪れる南米ペルーやコロンビア南部も水不足は深刻な問題です。
ルワンダや東ティモールでは、高品質なコーヒー栽培に必要な土壌有機物が不足している土地が多く、農家は肥料の確保に苦心しています。
スペシャルティコーヒーを安定して生産できる環境が整った地域は、世界中見渡しても非常に貴重です。
3. 要素2:樹齢100年を超える木が残る品種の保管庫
2番目の要素は品種です。
“品種”と聞いてちょっと拒否反応を示している方もいるはずなので、興味を示してもらうための話を少し。
2000年代は品種をあまり気にしなくてもスペシャルティコーヒーらしい品質のコーヒーを楽しむことができました。そして2010年代、特にその前半はスペシャルティコーヒーの発展とともに様々な品種の違いをおいしく楽しめる時代でした。
しかし2010年代後半・2020年代からは一転、品種を気にしないと本当にクリーンなスペシャルティコーヒーらしい味わいにたどり着けことが難しくなってしまいました。気候変動や経済性の観点から“おいしさ”が置き去りにされる傾向が強まったことが要因です。自然環境や経済環境の変化に対応することは必要で、私たちがコーヒーを飲み続けるための方策と引き換えに“従来の品種”がもたらす“従来のおいしさ”が失われていくのはいたし方ないことでもあります。
一方で、自然環境や経済環境が許容する産地では、従来の品種を大切にし、従来のおいしさを守っていって欲しいと願わずにはいられません。そのためにも堀口珈琲はそんな産地・品種を大切にしっかりと取り扱っていきます。その一つが今回のンゴロンゴロ地域です。
ブラックバーン農園に残るニアサ品種
スペシャルティコーヒーにとって「品種って大事なんだな」と感じていただけたでしょうか。
改めて品種の話をしましょう。
スペシャルティコーヒーの基本の品種はティピカ品種とブルボン品種です。
基本の品種である理由について、ここでは重要なポイントだけを抜粋して記します。
詳しい内容は飲んで学べるシリーズ基本の品種編にしっかり書きましたのでぜひご覧ください。
・スペシャルティコーヒーは微気候やテロワールといった環境特性がもたらす味わいの特徴=個性を楽しむもの
・ティピカやブルボンは個性が少ないことが特徴のニュートラルな品種
・個性が少ないことで、環境の違い=産地特性を風味に反映しやすい、スペシャルティらしい品種
しかし、高品質なコーヒー生産国として紹介されている国のほとんどでハイブリッド品種※への転換が進んでいます。
※サビ病に強いカネフォラ種とアラビカ種の自然交配品種であるHdTやHdTとの交配により耐病性を獲得したアラビカ種の品種
グァテマラではマルセイェッサ、ホンジュラスではIH90やレンピラ、コロンビアではカスティージョやセニカフェ1など、ケニアではルイル11やバティアン、インドネシア・スマトラ島(マンデリン)ではアテンやシガラーウタンなど。
これらは全て生産性や耐病性に重きをおいたハイブリッド品種です。
確かにコーヒーを作り続けるため・飲み続けるためにハイブリッド品種の導入は必要なことです。しかし、高標高産地など特定の環境ではハイブリッド品種を導入しても高い生産性を発揮できない、そもそも病気リスクが低いので耐病性の必要性が限定的、という側面もあります。わざわざおいしさという付加価値をスポイルしてまで植え替える必要はありません。
ハイブリッド品種は「生産性・耐病性が高く気候変動へ対応するために導入した方が良い」という画一的な標語で植え替えていくのではなく、置かれた環境に応じて適切に導入していくべきです。
では、ンゴロンゴロ地域ではどのような非ハイブリッド品種が栽培されているのでしょうか。
ハイツ農園で守られてきたブルボン品種
1. ブルボン品種
基本の品種ティピカとブルボンのうちの1つです。
詳しくは飲んで学べるシリーズ基本の品種編をご覧ください。
タンザニアには1890年代にレユニオン島(ブルボン島)から持ち込まれています。
ンゴロンゴロ地域では、ドイツ人入植者によって1920年代にはコーヒー農園が開拓されており、この時期にブルボン品種や後述の品種たちが導入されたと推察されます。今回紹介したハイツ農園にもブルボンの古木が多く残されています。
2. ケント品種・KP423品種
1670年にババ・ブダンがイエメンからインドに持ち込んだブルボン品種に由来すると考えられています。1911年にインド南西部マイソールのドッデングーダ農園でL.P.ケント氏がサビ病耐性のある一本の木を発見し選抜した品種です。さび病耐性を持つ最初の選抜品種として知られていますが、その耐性は現在では失われています。
1920年代にタンザニアを含む東アフリカ地域に導入されました。
その後、タンザニアのリヤムング研究所で品質と生産性の向上を目的とした選抜プログラムが実施され、その中でケント品種から選抜された一つがKP423です。KP423は1940年代にタンザニアでリリースされ、その後ウガンダにも広がりアラビカ種の主要な品種となっています。
ンゴロンゴロ地域にも広く普及し、今でも当時植えられたであろう古木が多く残ります。
3. SL28品種(ブルボン系選抜品種)
1935年にケニアのスコット農業研究所(現・国立農業研究所)で、収量、品質、乾燥耐性、病害耐性を評価し選抜された品種の一つです。
その起源は、1931年に同研究所のA.D.トレンチ氏がタンガニーカ(現在のタンザニア)のモデュリ地区で、干ばつや病害、害虫に強いと考えられる品種を発見し、その種子を持ち帰ったことに始まります。この種子は「タンガニーカ乾燥耐性」グループとして研究され、その中からSL28が選抜されました。中高標高地での栽培に適し、乾燥耐性を持つ一方で、コーヒー果実病(CBD)などの病害に対する耐性は低いとされています。近年の遺伝的研究によりブルボン品種の遺伝グループに属していることが確認できています。
ケニアで広く普及した品種である一方で、故郷であるタンザニアではあまり一般的ではありません。今回のンゴロンゴロ訪問で、とある農園に1940年代に植えられたSL28の古木が確認できた時は驚きました。
4. ニアサ品種(ティピカ品種)
1878年にジャマイカから当時のニヤサランド(現在のマラウイ)に導入されたティピカ品種で、アフリカに導入された最も古いアラビカコーヒー品種の一つです。
高温で乾燥した環境や虫害をコントロールできず生産性の確保が難しかったため、マラウイでのコーヒー産業は衰退しています。
1910年にニヤサランド品種はマラウイからウガンダに持ち込まれましたが、やはり生産に苦慮し、あまり広まっていません。現在はウガンダのエルゴン山周辺で小規模農家によって栽培されていることが確認できるくらいです。
ンゴロンゴロ地域ではブラックバーン農園が設立当初の1940年代から栽培を続けており、古木も残っています。
5. ブルーマウンテン品種(ティピカ品種)
1894年にジャマイカのティピカ品種がジャマイカからニアサランド(現在のマラウイ)を経由して東アフリカに広く導入されました。ニアサ品種と同じような経緯ですが、こちらはニアサランドを経由しているだけで直接的に東アフリカに広く導入されたこと、そしてその時期に違いがあります。
いずれにしてもティピカ品種であることから、生産性の低さや病害虫への対応などを要因として、ニアサ品種と同様に現在はあまり栽培されていません。
ンゴロンゴロ地域ではエーデルワイス農園とその近隣農園に混植の状態で確認できるようです。
このようにンゴロンゴロ地域には、この地域でコーヒー農園が開かれた1920年代に植えられたティピカ・ブルボン系品種、1930年代・40年代にリリースされたブルボン系選抜品種のSL28やKP423が多く残されています。
現地に広がる風景は他の多くの産地ですでに失われてしまったものです。
まさに、「伝統品種の保管庫」とも呼べる貴重な地域です。
前項でお話しした高標高や降雨パターンといったコーヒー栽培にとって恵まれた環境があることで、病害虫への耐性の低いこれらの品種を維持できてきたのでしょう。
また、経済合理性に突き進むだけなく自然保護区との共生や伝統品種の生産を楽しもうとしている、ブラックバーン農園のマイケルさんのようなドイツ系移民の農園主の存在も大きいはずです。
4. 要素3:伝統的な名門農園がひしめく
3つ目はしっかりした規模でコーヒーを生産し続けている歴史ある農園が連なっていることです。
農園の強みは、品種選択から農地管理、熟度の管理、加工の管理まで、農園の経営者や管理責任者の意思が一貫してコーヒー生産に反映しやすいことです。私たち品質重視のスペシャルティコーヒーロースターにとってのデメリットとしては、農園が大規模になるに従って、生産効率を求め品質より量を重視しがちになることです。
ンゴロンゴロ地域の農園はどうかというと、大きすぎず、小さすぎない、程よい規模の農園が多く、品質と量の双方に気を配る農園経営に向かいやすいバランスです。
実際、何人かの農園主と話した際、品質と安定した生産性の双方への関心が伺えました。もちろん商売の観点もあり、高い品質を実現したら高価格で販売できるということも念頭にあるでしょう。
こういった規模感の農園が複数集まっている産地は東アフリカはもちろん世界的にも珍しいです。
他に思い浮かぶとしたらグァテマラのアンティグア地域くらいでしょうか。
双方とも、伝統品種を栽培し続け、農園にほとんどゴミが落ちていないことに象徴されるように管理が行き届いており、精度の高いウォッシュト精製を施すことのできる設備・技術・人材を有しています。
よくありそうで実は稀有。そんな貴重な地域がグァテマラ・アンティグアとタンザニア・ンゴロンゴロです。
誤解を招くといけないので小規模生産者についても触れておきます。
東アフリカのコーヒー栽培のほとんどは小規模生産者によって行われています。
生産者たちがチェリーの栽培・収穫を行い、農協や組合・民間会社が運営する加工施設(※)にチェリーを納入するというスタイルです。
※エチオピアではステーション、ケニアではファクトリー、タンザニアではCPU(セントラル・パルパリー・ユニット)と呼ばれています。
この形態では、さまざまな生産者からさまざまな品質のコーヒーチェリーが集まることが一般的です。生産する品種の選択から栽培管理、収穫するチェリーの熟度まで、生産者ごとに違いがあるのは当然でしょう。必然的に品質は不安定になりがちです。
しかし、一部の加工場では付加価値をつけた流通を目指して、高品質コーヒーの生産に取り組んでいます。加工施設側が生産者に対し、高い買取価格の提示やプレファイナンス、農業指導や苗木の配布といった総合的なサービスを提供することで、高い品質のチェリーを納入してもらえるよう働きかけるのです。こういった取り組みが身を結ぶと、堀口珈琲の扱うエチオピアやケニアのような素晴らしい品質が生み出されることもあります。
反対の大規模農園にも少し触れておきましょう。
タンザニアではキリマンジャロ山周辺、ケニアではナイロビ近郊、エチオピアではジンマやベンチマジといった地域には大規模農園があります。しっかりと管理された農園ではあるものの、標高が低かったり、効率的に量を生産することに舵を切っているため、安定的にそこそこの品質を提供してくれるかもしれませんが、スペシャルティコーヒーと言える品質を望むことは難しいです。
小規模生産者と小規模・中規模農園、大規模農園、どの形態が優れているといった話ではなく、それぞれの特性を知っておくことが大切です。
その上で、程よい規模で品質と量の双方を両立している、安定的に高品質な生豆を供給してくれる、そんな農園が集まっている地域の1つがタンザニア・ンゴロンゴロ地域です。私たちスペシャルティロースターにとって心強く頼れる存在、安心できる存在です。
5. さいごに −日本のタンザニアコーヒー事情−
“キリマンジャロ”。小説にも登場するほどコーヒーと言えばの1つに数えられる超有名銘柄です。
このコーヒーに対し“タンザニアの”キリマンジャロと認識している人はかなり限定的ではないでしょうか。また、日本ではタンザニアのほぼ全域で生産されたアラビカ種のコーヒーを“キリマンジャロ”という銘柄で扱って良いことになっています。
銘柄だけが一人歩きしている、そんなコーヒーの1つです。
※ブコバという極一部の地区を除けばタンザニア全域で生産されるアラビカ種(ウォッシュト精製)のコーヒーは、どれもキリマンジャロという商品名で販売することが認められています。ンゴロンゴロ産コーヒーもその定義に則ればキリマンジャロとして扱うことも可能ですが、当店ではンゴロンゴロ独自の特徴に注目しその品質の高さを評価しているため、明確に区分して取り扱っています。
キリマンジャロ山麓で栽培されるコーヒーを“キリマンジャロ”、ンゴロンゴロ地域のコーヒーは“ンゴロンゴロ”、南部のンビンガで生産されたコーヒーは“ンビンガ”として楽しむ。少なくともスペシャルティコーヒーの世界ではこうありたいものです。
本特集をご覧になっていただいた皆さんはこれを機に、“ンゴロンゴロ“という地名をインプットしてキリマンジャロとは切り分けて楽しんでいきましょう。
今回の出張では予想したンゴロンゴロ地域の重要性を実感に変えることができました。
ブラックバーン、ハイツ・ブルーリボンに続くポテンシャルを持つ農園にも出会うことができました。素晴らしいコーヒーたちを皆さんにお届けする準備を着々と進めています。
今回お届けするコーヒーを味わいながら首を長くしてお待ちください。
基本のスペシャルティのおいしさを楽しみ続けるために、“ンゴロンゴロ・コーヒー保護区”を一緒に保全していきましょう。