ブレンドノート
堀口珈琲会長
堀口俊英
「堀口珈琲」の創業者。鮮度の高い生豆を重視し、産地の個性が明確な深いローストを追求。「おいしさの追究」が高じ、2002年に堀口珈琲研究所を開設。生豆の品質に関する科学的評価に向けて今も研究を続けています。近著『THE STUDY OF COFFEE』(2020年、新星出版社)ほか著書多数。
今回のパパブレンドはフレンチローストです。
深煎りのブレンドとして王道のひとつを目指しました。風味のベースは「上品さを兼ね備えたガッツな深煎り」です。
フレンチローストのコーヒーは、さまざまな濃度(軽い風味から濃厚な風味まで)で楽しむことができます。抽出次第で最高峰の風味を体験することが可能となります。今回のパパブレンドはそんな幅広い楽しみ方・体験ができるようになっています。
ブレンドができるまで
第1段階 シングルオリジン9種の選定と官能評価
パパブレンドを作るにあたり、まずは約60種類のシングルオリジンの中から9種のコーヒーを選び、ミディアムローストに焙煎(Panasonic社のサンプル焙煎機で私の手で焙煎)し、官能評価しました。
さらに、インテリジェントセンサーテクノロジー社の味覚センサーにかけました。味覚センサーは、酸味、苦味、旨味、塩味、渋味の5つのセンサーで食品の呈味を数値化することができます。大手ロースターでは、自社や他社製品の比較などに利用されています。センサーは、風味の強弱を感知しますが、質的側面までは判定できません。
また、コーヒーの成分は複雑ですので、他の食品に比べ、精度に限界があり、使いこなすのは難しい面もあります。
しかし、私はこれまで、スペシャルティコーヒーの品質を判断するために、官能評価と味覚センサー値の相関について研究してきました。
第2段階 味覚センサーでの分析
9種のコーヒーを味覚センサーにかけ、センサーの結果と官能評価の点数との関連性を判断するために、両者の相関を統計処理しました。味覚センサー値と官能評価の間には「r(相関係数)=0.5350」とやや相関性がみられました。相関性は、0.8以上であれば強い相関性。0.6以上であればやや相関性があるととらえています。
第3段階 5種のシングルオリジンを選定
9種のシングルオリジンの官能評価から、個人的に官能評価の高かったハニーレモンの風味が感じられるコロンビアの2種(「サンフランシスコ農園カトゥーラ」と「ラ・クンブレ農園ティピカ」)、旨味があり複雑な風味を醸し出すペルーの2種(「フェスパ農園」のティピカとブルボン)、そしてフレンチローストに適応できそうなタンザニア「ブラックバーン農園」の計5種を選定しました。
この5つの豆の私の官能評価点数と味覚センサー値の相関性を見たところ、r=0.9418の非常に高い相関性がみられました。5種の官能評価は、客観的に味覚センサー値により補完されましたので、5種をフレンチローストにして試すことにしました。
第4段階 5種をフレンチローストにする
5種の豆を上原店でフレンチローストにサンプル焙煎してもらいました。この豆が深い焙煎でどのような風味を生み出すか確認するため重ねて官能評価して、さらに味覚センサーにかけます。焙煎については、豆そのもののポテンシャルを判断するためすべて同じプロファイル(条件)で焙煎し、すべての豆を同じ温度で焙煎機から出しています。焙煎で焙煎豆の色を合わせないよう指示しました。
この5種を、SCA方式でカッピングし、さらにクレバードリッパー(台湾の抽出器具)で抽出した結果、コロンビアの「サンフランシスコ農園カトゥーラ」と「ラ・クンブレ農園ティピカ」、ペルー「フェスパ農園」のティピカとブルボンの4種を使用することとしました。クレバードリッパーを使用したのは、抽出による味わいのブレを極力なくしたかったからです。
基本的には、すべての豆がフレンチローストに耐えられる優れた豆で、どの様にブレンドしても風味に大きな違いは出ませんのでよいブレンドになります。
そのため、焙煎度にアレンジを加えてブレンドを作ることにしました。風味に多様性が感じられ、かつコクのあるペルー「フェスパ農園」のブルボンをやや浅めのイタリアンローストで上原店に焙煎してもらい、最終的にブレンドを決めることにしました。
第5段階 ブレンドの作成
最終的に以下4つのブレンドを試作して官能評価し、使用する素材と配合比率を最終決定しました。
抽出レシピと楽しみ方
今回はあえてキャラクターの強い豆は選んでいません。深煎りのブレンドとして王道のひとつを目指したためです。
この完成形のパパブレンドは下記を推奨の抽出方法(中挽きからやや粗挽き)としますが、好みで抽出量や抽出時間を加減してください。よいフレンチローストのコーヒーは、その濃度で様々な風味を楽しめます。推奨の一人、二人分の抽出は、以下の通りです。
一人分:豆の量25g 抽出時間2分30秒 抽出量120ml Brix1.8前後
二人分:豆の量35g 抽出時間3分30秒 抽出量240ml Brix2.1前後
さらにフレンチローストの神髄を味わうには以下の方法をお試しください。高濃度の抽出液ができます。
三人分:豆の量50g 抽出時間5分30秒 抽出量360ml Brix3.1前後
かなり濃度が濃いコーヒーとなりますが、フレンチローストの風味の最高峰を味わうことができると思います。尚、蒸気圧を利用して30mlを抽出するエスプレッソのBrixは10~11前後で、濃度のあるコーヒーとなります。
標高の高い産地で、有機酸、脂質量(およびショ糖量、アミノ酸)の多い高品質の豆であるがゆえに風味は複雑です。また、焙煎スキルにより濁りや嫌な焦げの苦味のないフレンチを味わうことができます。
素材と抽出のスキルが伴えば、最高峰のフレンチローストの世界を体験できます。私のセミナー抽出初級では、最後にこの高濃度の抽出デモンストレーションを行っています。こちらもぜひ。
※Brix・・・溶液中の溶解物の濃度。