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『ゲイシャ 〜その数奇な運命〜 』


いまでこそ、コーヒー好きでその名を知らない人はいないほどの有名品種になった『ゲイシャ』。しかしほんの十数年前までは、数ある品種のなかで、ほとんど注目されない一品種にすぎませんでした。それが一体どうして一躍有名になったのか、なぜパナマ産が注目されるのか、そして、そこからさらに先へ、今回販売する『南米ゲイシャ』に繋がる数奇な歴史をご紹介いたします。




すべてはエチオピアから始まった


品種としては、エチオピア南西部、世界的にも有名なコーヒー生産エリア「イルガチェフェ」よりさらに西方にある「ゲシャ」というエリアの森の中に自生していた在来の品種に由来するといわれています。

まさに戦間期の1930〜40年頃のアフリカではヨーロッパ列強によるアフリカ各国の植民地化とコーヒー生産の拡大が進んでいました。それと同時に、スリランカのコーヒー産地を壊滅状態に追い込んだサビ病(コーヒーの病気)が、タンザニアやケニアを起点としてアフリカにも広がりつつあり、コーヒーの品種や分類に関する研究の中でも「サビ病への耐性」のある品種が関心を集めていきました。そのなかで、ゲシャエリアの森の中に自生していたコーヒーがケニアのスコットラボラトリー(イギリス資本の農業研究所)に持ち込まれ、研究されたという記録があります。


時は下り、ゲイシャは中米に渡ります。1950年代にアフリカ駐在のイギリス総領事からコスタリカの熱帯農業研究高等教育センター(CATIE)に持ち込まれ、その研究が託されたといわれています。そして、このCATIEを起点として「サビ病への耐性」がある品種として中南米の生産者に対してゲイシャが配布されていったそうです。



そして、パナマへ


パナマにおいて、CATIEからゲイシャ品種を受け取った一人が、かの有名な「ドンパチ農園」のパチ・セラシン氏です。初めて彼がパナマにゲイシャを持ち込み、そこから後に世界に衝撃を与える「エスメラルダ農園」にも渡って行きました。

当時のパナマでのコーヒー生産といえば、マイルドで中庸なコーヒーは生産されますが、高品質な産地としてはまだ認知されていませんでした。しかし、その状況を打開すべく、自国のコーヒーを品質面でプロモーションする目的で1900年代半ばにスペシャルティーコーヒー協会が組織されるなど、発展期を迎えようとしていました。一方で、ゲイシャについては当初からそれほど評価はされていませんでした。生産性の低さ(一本あたりの結実量が少なく、実の成熟に時間がかかる)や、細長いチェリーの形のせい(※)で商品作物としての評価は非常に低く、カップにおいても特筆すべき評価を得られない状況でした。唯一の取り柄とされていた「サビ病への耐性」も決して万能ではなく、一部では「品種改良の素材」程度としか捉えらていなかったそうです。



世界を震撼させたオークション


そんななか、「エスメラルダ農園」が、2004年のパナマのコーヒー品評会(ベストオブパナマ)にゲイシャを出品しました。それまで業界では注目されなかったゲイシャが、中南米コーヒーにはなかった圧倒的に華やかな香味を放ち、空前の高額で落札されたとセンセーションを起こしました。農園名とともに「ゲイシャ」の名前は世界へと広まったのです。その後も、希少性がさらなる高額落札を生み、独特の香味とも相まって世界中でブームが起こりました。




ではなぜこれまで日の目を見なかったゲイシャが突如として「圧倒的に華やかな香味」を携え注目を集めたのか。それは、「最適な生育環境」を手に入れた、という点にヒントがあるのかもしれません。エスメラルダ農園は1990年代半ばボケテ(※)のハラミージョ地区に農地を購入し、ウエットミル(※)も建設。高品質コーヒーに取り組み始めました。その矢先ハラミージョ地区の低地エリアにカビの病気による被害が出てしまい、ほとんどのカトゥアイ品種がその葉を落としてしまったのです。




その中で生き残っていたものを、より標高の高い寒冷なエリアに植え替えます。そのうちの三分の一は枯れてしまい、三分の一は生育不良、残りの三分の一は健康なまま生き残りました。その生き残りから収穫し初めてカッピングをしたのが、2004年の品評会の数週間前のこと。これがまさに出品されることになるゲイシャでした。農園主のピーターソン氏は、その余りにも華やかでフルーティーなキャラクターに驚き、発酵行程を失敗したことによるディフェクト(欠点豆)かもしれないと始めは疑ったと後に明かしています。


南米ゲイシャの魅力


このように数奇な歴史を歩むゲイシャですが、さらにその歩みを進めています。中米から南米、今ではブラジルの生産者もその栽培に挑戦するようになりました。ゲイシャは、複雑なマイクロクライメイト(※)と肥沃な土壌の条件が揃ってその特殊なフレーバーを発現します。今回はそれを体験していただける絶好のチャンスをお届けすることができました。ゲイシャとしての個性、加えてその土地その土地で備える独特のキャラクターを味覚で追ってみてはいかがでしょうか。これまでのゲイシャから、一歩先の発見があるかもしれません。ぜひ、ご堪能下さい。








●注釈
※細長いチェリーの形のせい・・・この形質が具体的にどう評価を下げているかは不明。
※ボケテ・・・パナマ西部、コスタリカ国境付近に位置し、同国で最も標高の高いバルー火山の東側にあるコーヒー生産が活発なエリア。
※ウェットミル・・・収穫したコーヒーチェリーを精製・乾燥させる施設。
※ディフェクト(欠点豆)・・・取り除かないとコーヒーの風味に悪い影響を与える不良豆。
※マイクロクライメイト・・・川・谷・森林・盆地・平野などの影響で非常に狭い地域間で、微妙に気候や土壌などの環境が変わること。

●出展
『Where the Wild Coffee Grows』:Jeff Koehler
『Coffee Is Not Forever』:Stuart McCook