シリーズ第一回に続き、今回もオンラインストア担当の島崎とわたくし小野寺で堀口の研究所を訪れ、「今日は深煎りについて話を聞きたいのですが」と伝えると、
「これからは“深煎りの時代”にシフトしていくだろうね」
と、堀口は言います。
どういうことでしょうか。
「いま日本のスペシャルティコーヒー市場は浅煎りから深煎りへの転換期に入りつつある、というのが個人的な見立て。深煎りを提供してきた世界的コーヒーチェーンに対抗して台頭したのが米国のサードウェーブ系ロースターで、彼らが浅煎りシングルオリジンをメインに扱い、日本でも2010年代から“浅煎りブーム”が続いた。2010年代の後半からは競技会の影響でさらに浅い焙煎へとシフトしていった。なぜなら競技会のルール&レギュレーションをつくっているのが浅煎り文化の北欧系の人たちだから。」
「でも、時代の転換期というのがある。浅い焙煎のコーヒーが増えると、どこかで飽和点がでてくる。そうすると、その反動として深い焙煎のコーヒーへの関心度が増してくる。既に自家焙煎店レベルでは深煎りへのシフトが少しずつ進んでいると感じている。」
実際に、2026年2月に初開催された「深煎り焙煎競技会」(主催:株式会社富士珈機 監修:堀口俊英)ではエントリー開始から3分で30名の定員が埋まったそうで、深煎りへの関心の高まりが伺えます。
では、コーヒーを日常的に飲む消費者レベルでの深煎りへの関心はどうでしょうか。
「もちろん、浅煎りが好きな人もいれば、深煎りが好きな人もいるよね。だけど、浅煎りから入った人も、徐々に深煎りへと嗜好はシフトしていくもの。それがコーヒーの特性なんだよ。」
“必ず”深煎りへシフトしていく、とまで堀口は言い切ります。そこには長年お客様と接してきた中での強い実感がこもっているようです。浅煎りから入り、徐々に深煎りへ惹かれていく人が多いのはなぜでしょうか。
「浅煎りのさっぱりとして爽やかな味わいはコーヒーの入口としては入りやすいけど、その味わいは紅茶など他の飲料でも代用ができる。一方で、深煎りコーヒーは濃縮感ある味わいに慣れていくプロセスが必要だけど、他のどの飲料でも代用できない複雑なおいしさがある。一度深煎りのおいしさを覚えると、戻れなくなる。だから、深煎りの方が日常的な飲用率・継続率が上がって習慣性が高まる。深煎りを飲む人は夏でも毎日ホットで飲む人が多いけど、浅煎りを飲む人は夏場には飲用頻度が減る傾向にある。」
「つまり、深煎りのコーヒーは嗜好性が高い飲み物。だから創業当時から力を入れて深煎りを売り始め、おいしい深煎りを追求した。最初はミディアムロースト(浅煎り)も用意していたけど、お客さんはだんだん深煎りへシフトしていった。」
では、その嗜好性の高さをもたらす“深煎りのおいしさ”とはどのようなものでしょうか。2章のテイスティングを思い出しながら、もう少し踏み込んでいきましょう。
深煎りならではのおいしさを紐解く
今回テイスティングした3つの深煎りコーヒーの味わいに共通するのは
・しっかりとした苦味
・豊かなコクと甘み
・奥の方に感じられるかすかな酸味
でしたね。
順番に見ていきましょう。
まずは「しっかりとした苦味」。
コーヒーは苦味を積極的に楽しむ嗜好品飲料です。
“コーヒーらしい味”としてまず想起されるのは苦味だと思います。
コーヒーは焙煎度が深まるにつれ、苦味を呈する成分の量が増えます。
ただ、深煎りまで焙煎を進めたコーヒーの苦みはどれも同じではなく、質の違いがあります。
スペシャルティコーヒーの深煎りに求めたいのは“きれいな苦味”です。
焦げや渋みを伴う“きつい苦味”では、スペシャルティコーヒーならではの心地よさが損なわれてしまうからです。
堀口はこう言います。
「創業した90年代初頭は、深煎りを売っているコーヒー屋がほとんどいなかった。一部の自家焙煎店では深煎りを提供していたけど、焦げや煙臭が伴う苦味だった。堀口珈琲は創業当初から焦げのない、柔らかな苦味の深煎りコーヒーを目指した。」
2章でテイスティングした#7の苦味を思い出してみてください。きれいで心地のよい苦味が、しっかりと感じられましたよね。
次に「豊かなコクと甘み」です。
甘みもまた、苦味と同様に焙煎度が深まるにつれしっかりと感じられるようになります。
そしてより深煎りに進むほど、なめらかな質感や濃度・密度・粘度を感じやすくなります。
しっかりとした苦味に、豊かなコクと甘み。
これだけで“おいしそうな深煎り”ですが、「奥の方に感じられるかすかな酸味」も実は重要です。
苦味や甘みとは異なり、酸味は深煎りに向かうにつれ穏やかになっていきます。
そもそも酸味の元となる成分が少ない素材を深煎りにするとただ苦いだけのコーヒーになりますが、酸味の元となる成分が豊かに備わった素材に対して適切に深い焙煎を施せば、一定量の酸が残ります。しっかりとした苦味の中に程よく酸が残ることでおいしさの輪郭が形成され、その質と量の違いが多様な“深煎りの個性”に寄与します。
2章で#7と一緒に飲み比べた#6の味わいを思い出してみましょう。
それぞれにしっかりとした苦味があり、豊かなコクと甘みも備わっていましたが、味わいには異なる個性が感じられましたよね。その違いを生み出す背景には、それぞれのブレンドの素材に備わる酸の質・量の違いが寄与しています。そこに、香りやテクスチャーなど、味わいを構成する各要素が複雑に調和することで、同じ深煎りブレンドでも異なる方向性の風味が創出されています。
深煎りならではの味わいを堀口は一言で「濃縮感」と表現します。
「コーヒーは焙煎度が深まるにつれ、味わいの要素が増えていく。その種類・量が増えていくと、ボディは力強く、風味は複雑さを増す。その“濃縮感”こそが深煎りコーヒーの魅力で、他のどの嗜好性飲料でも代用できない」