堀口珈琲と名産地
堀口珈琲の開業は1990年。
当時、日本に流通していたのは「グァテマラSHB」や「コロンビアスプレモ」といった国単位のコーヒーが中心でした。
たとえ名産地アンティグアで収穫されたコーヒーであっても、他の生産エリアの生豆と混ざった状態で輸出されるのが一般的だったのです。
この時代における堀口の取り組み、試行錯誤は「はじめてのスペシャルティブレンド ‐ブレンドする理由編‐」の記事に譲るとして、
当時3つの名産地のコーヒーを主に扱っていたのは米国の大手コーヒーチェーンでした。
「1996年に日本1号店がオープンした時、メニューボードには「グァテマラ・アンティグア」「コロンビア・ナリーニョ」「コスタリカ・タラス」という産地名まで掲げられていた。けれど、当時の日本のコーヒー関係者で、それが何を指しているのか理解している人はほとんどいなかった。」
と堀口は語ります。
日本のコーヒー業界は10年遅れていた、とも。
そうした状況の中で、00年代に堀口が日本におけるパイオニアとして産地に入り、トレーサビリティが明確な単一農園の“シングルオリジン”を開拓していきました。

3つの名産地の中で、堀口珈琲においてもっとも歴史が古いのはアンティグアです。
アンティグアは2000年代初頭、2章でテイスティングした「ラス・ヌーベス農園」の農園主であり「サンタカタリーナ農園」の生産者ペドロさんの元を堀口が訪れ、パートナーシップの関係性をスタートしました。以来、20年以上に渡って高い品質のアンティグアを安定的に皆様へお届けしてきました。
では、コスタリカはどうでしょうか。
「コスタリカのタラス産を取り扱い始めたのは、2000年代半ばから。まだ高品質なマイクロミル(※)産のコーヒーが流通する前。品質が高い“農園もの”も一部あったけど、全体で見れば質、量、安定性においてはどうしてもアンティグアに劣る、というのが当時の印象だった。」
※コーヒーチェリーの加工設備を所有し、生産から加工まで自ら施す小規模生産者
試しにシングルオリジン一覧ページを見ていただければわかるように、さまざまなマイクロミルの、さまざまなシングルオリジンが次から次に登場し、しかもどれも高品質でおいしい、凄い、というのがいまの堀口珈琲のコスタリカです。
いわばスペシャルティコーヒーの“優等生”的な位置づけの産地ですが、2000年代においてはまだアンティグアとの品質差があったようです。
その当時、堀口と一緒に生豆買付の仕事をし始めていたのが、生豆バイヤーで現社長の若林です。
若林にも当時のコスタリカについて話を聞いてみても認識は同じでした。特に品質に課題があった年には堀口に「もうコスタリカは買わなくていいんじゃない」とさえ言われたそうですが、ポテンシャルを感じていた若林はその後もサンプルのテイスティングを繰り返しては良いコスタリカ産をしれっと買い続けました。
タラスの品質が開花したのは2010年代の中頃。
2013年にマイクロミル【グラニートス】から届いたサンプルに「コスタリカコーヒーがこれまでとは別の次元に到達している…」と驚き、若林はすぐコスタリカへ向かいます。
そこから【サンタテレサ】【モンテス・デ・オロ】【アルトス・デル・アベホナル】など品質の高いコーヒーを生産するマイクロミルを次々と開拓し、いまに続く関係性の構築をスタートします。
では、コロンビア・ナリーニョは?
良いナリーニョ産が扱えるようになるのは2010年代の中頃です。
古くから名産地として知られていながら、アンティグア・タラスと比較すると“遅め”な印象かもしれませんが、それもそのはず、ナリーニョのあるコロンビア南部では内戦の影響で日本の商社やロースターが現地に入ることすらできない状況が続いていました。
そうした背景もあり、2000年代までは米国の大手コーヒーチェーンがほぼ独占的に扱ってきた産地です。
状況が変わり始めた2013年、生豆バイヤー若林が初めてナリーニョを訪れます。
まだ治安が不安定な時期ですし、そもそもナリーニョは地理的に周囲から隔絶された僻地ということもあり、当時は海外のロースター含め「誰もナリーニョに行こうとしなかった」と若林は語ります。
誰も行かないから、行ったら歓迎されたようです。
今回テイスティングしたコーヒーの生産者ニルソン・ロペスさんも2013年の訪問で歓迎してくれた生産者の一人です。
ナリーニョは、日本でいう“田舎”です。
「田舎のコミュニティだからこそ、直接訪れてちゃんとコミュニケーションを取れば、憶えてくれて、良くしてくれる。コーヒーの品質に関する話だけでなく、出してくれた現地の食べ物は喜んで食べて、出してくれたお酒は喜んで飲んで、話す。毎年訪れて関係性を構築していった」
と若林は語ります。
今でこそ、コロンビアのマイクロロットは当たり前のように流通していますが、ナリーニョをはじめコロンビア南部のマイクロロットを2010年代前半にいち早く商品化した先駆者は堀口珈琲でした。
名産地らしいおいしさは、希少な存在に
こうして、堀口珈琲は名産地らしいおいしさを存分に楽しめるスペシャルティコーヒーを前のめりで追求してきたのですが、視野を広げて日本や世界に流通するコーヒー全体の品質をみれば、
「クリーンで、しっかりとテロワール(産地らしい風味)を味わえるコーヒーはもう希少な存在になりつつある」
と堀口は言います。
高品質なコーヒーを生み出す条件として、
・生産環境
・品種
・つくりの丁寧さ
の3つを前章で挙げましたが、近年はこの条件が崩れつつあるというのが堀口の認識です。
「まず、気候変動の影響。近年の温暖化によって、コーヒーチェリーの成熟が早く進んでしまう傾向がある。栄養をゆっくりと蓄えないまま成熟してしまうと、酸や甘みの元となる成分が不足する。」
「それに付随して、つくりの丁寧さも損なわれている。栽培管理や精製工程における乾燥の手抜きが増えているし、ドライミルにおける選別の精度も緩くなっている。そこまで丁寧に作り込まなくても相場高騰の影響で高く売ることができるから、なるべく歩留りを高くしようとしてしまう。」
「そこに、ハイブリッド品種も加わる。耐病性や生産性に優れているとされるハイブリッド品種への植え替えが進んでいることで、土地と相性の良い伝統的な品種によるクリーンカップが損なわれている」
ここでも、コロンビアを一例に挙げてみます。
10年以上堀口珈琲をご利用いただいている方は覚えているかもしれませんが、2010年代後半にはたくさんありすぎて困惑するほどあったコロンビアのマイクロロットは、近年ではその数が減り、ここ最近は年に数種類だけという状況です。
さまざまな要因が複雑に絡んでいますが、「品種」の観点に絞れば国をあげてハイブリッド品種への植え替えが推進されています。コロンビアは世界第三位のコーヒー生産量を誇る生産大国で、コーヒー産業は国の経済を支える重要な位置づけですから、栽培する品種の選択は安定性と生産量を確保する方向へ向かうのです。
かつては伝統的なティピカ品種の産地でしたが、生産性の高いカトゥーラ品種へ植え替えが進み、そこから耐病性に優れたハイブリッド品種であるコロンビア品種、カスティージョ品種への植え替えが国策として進められてきました。
国全体の生産量や、農家の安定性という観点においてはハイブリッド品種への植え替えは正しい判断だと言えるでしょう。一方で、スペシャルティコーヒーらしいクリーンカップと個性を備えたコロンビアコーヒーはもはや希少な存在となりつつあります。
標高2,000m付近の生産エリアは、きちんと管理すればさび病の流行規模を相対的に抑えやすい環境(さび病は高温多湿な環境で広がりやすい)です。そうした土地で、きちんと栽培管理をして、クリーンな風味に仕上がりやすい伝統的なティピカ品種やカトゥーラ品種をつくり続けてもらうためには、生産者と消費国側のバイヤーとの間での品質に対する共通理解と信頼関係が必要です。
今回テイスティングしたコーヒーの生産者ニルソン・ロペスさんは、当社生豆バイヤーが2013年に初めてナリーニョを訪れて以来の関係性です。彼は2019年から2023年までブエサコ市の市長を務めており、その間は忙しすぎてコーヒーに時間を割くことができず、しばらくはニルソンさんのコーヒーを扱うことができませんでした。
昨年、久しぶりに当社生豆バイヤーが彼の元を訪れてコミュニケーションを取り、今回8年ぶりの復活を実現することができました。
同時に販売している「サンフランシスコ農園」のディエゴロペスさんも2014年からの付き合いです。商流の課題によって一時的に買い付けることができない状態に陥りましたが、昨年のナリーニョ訪問で課題を解決し、こちらも無事に復活です。
いずれの生産者も、土地とカトゥーラ品種との相性の良さを認識されており、植え替えによって減少したカトゥーラ品種を植え直していく方向で動いてくれています。
名産地らしいおいしさを守っているのは、突き詰めると「人」です。グァテマラ・アンティグアもコスタリカ・タラスも同様です。
長年に渡って構築してきた生産者との信頼関係が、困難な状況下でも「名産地たるおいしさ」のコーヒーを皆様に提供し続けることを可能にしています。
話を元に戻します。
堀口は最後にこう言います。
「テロワール(産地らしい風味)という概念と、それを支える品種がとても重要。それをなくしてしまったら、コーヒーはなんでもよくなっちゃう。そうなると、最終的には生産者を守ることができなくなる。」
「だけど、名産地とされるエリアのテロワールがどんな味わいなのか、理解している消費国のバイヤーが減っている。そうなると品質は全体的に落ちていく。そして、その状況をわかる人もいなくなる。」
「だからこそ、我々は名産地らしいおいしさのコーヒーを扱い続ける必要がある。そして、それを伝え続けなければならない。」