1.主任ブレンダーが語る、ブレンドする理由
主任ブレンダー
秦はる香
2013年に堀口珈琲入社。2017年に上原店へ異動、焙煎とブレンドを学ぶ。その後、狛江店で焙煎を担当し、2019年に横浜ロースタリー製造部へ。2020年より主任ブレンダーを務める。
「9つもブレンドがなければ、どれだけ仕事が効率的で楽になるかって、よく思ってますよ」
と、冗談交じりに(でも半分本気で)語る主任ブレンダーの秦。
彼女はブレンドづくりの責任者で、いわば“堀口珈琲の味”をつくる重要な役割を担っています。
9つの定番ブレンドがなければ「仕事が効率的で楽になる」というのはどういうことでしょうか。
「9つのブレンドをつくるためには、それぞれの素材となるシングルオリジンを個別に焙煎する必要があります。1つのブレンドには2〜4種類の素材を使うので、単純計算で考えると常に約30種類ほどのコーヒーを焙煎し続けなければなりません。」
我々オンラインストア担当はよく「堀口珈琲は常に約30種類のシングルオリジンをラインナップしてますよ!」と宣伝文句のように謳います。浅煎りから極深煎りまで、世界各国のシングルオリジンを幅広く常時ラインナップしているのは、堀口珈琲だけだと自負しています。それらは「いろんなコーヒーを楽しんでほしい」という意図だけで焙煎しているのではなく、ほとんどがブレンドの素材としても活躍しているコーヒーたちです。
「仮に9つの定番ブレンドがなくて、その時々でシングルオリジンを10種類並べるだけでよければ、焙煎の回数も、それに付随する選別や充填の作業も、品質チェックのためのテイスティング業務も1/3以下になります。とっても効率的に業務を回すことができるようになります。」
シングルオリジンが10種類だけで、9つのブレンドもなくなってしまうと我々オンラインストア担当は泣きますが、横浜ロースタリーの業務だけを考えれば確かにその通りです。
9つの定番ブレンドを作り続ける仕事は「ほんとうに非合理的で非効率的」だと秦は語ります。ましてや、ブレンドの素材となる全てのシングルオリジンは、単体で飲んでも十分おいしい、素晴らしいコーヒーたちです。それらを“わざわざ”ブレンドしている訳です。
「だからこそ、ブレンドする理由、が必要です。わざわざ非効率的なことをやってる訳だから、それをやり続ける理由というのは常に考えながら仕事をしています」
ブレンドする理由とは。
前回の記事で創業者・堀口が語った【シングルオリジンでは得られない風味の創造】に、日々たくさんのシングルオリジンに向き合うブレンダーの秦ならではの観点もつけ加えてくれました。
「コーヒーの生産者からすれば、わざわざ手間暇をかけて高品質でおいしいコーヒーを作り上げたのに、それを他のコーヒーと混ぜられたら嫌に思うかもしれません。単体でそのおいしさを味わってほしい、って。だからブレンドする以上は「あなたのコーヒーをブレンドすることでこんなに素晴らしい風味になったよ」って生産者に面と向かって言えるようでなければなりません。
ブレンドの素材として最高品質のシングルオリジンを使う以上、そうした視点は常に意識します。」
数年前にイエメンの生産者が横浜ロースタリーを訪れてくれたことがありました。
イエメン産のコーヒーはその独特な風味と希少性から、シングルオリジンで楽しむのが“当たり前”とされているコーヒーですが、堀口珈琲ではブレンドの素材としても重宝してきました。
「イエメンのコーヒーを積極的にブレンドに使用するロースターは、世界中で堀口珈琲だけ」と語るイエメンの生産者に対し、秦が少し緊張した面持ちでブレンドを提供し、丁寧に「あなたのコーヒーをブレンドに使う理由」を語りました。生産者の方は興味深そうに聞いた後、素直に喜んでくれました。
(その時の様子はこちらの記事で詳しく紹介しています)
「つまり、生産者に敬意をもって仕事をしなければならない、ということです。敬意をもってブレンドをつくり、その価値をしっかりと伝えきることがブレンダーには求められます。」
2.主任ブレンダーが語る、ブレンドづくりのプロセス
では、具体的にどのようにブレンドをつくっているのでしょうか。
「まず、素材となるシングルオリジンを把握する必要があります。生豆バイヤーが買い付けたコーヒーは全てテイスティングして風味をチェックします。今期はどういう品質なのか、風味のピークはいつごろに迎えそうか、どの焙煎度に仕上げていつどのブレンドに使用するのか、その優先順位まで考えます。生豆バイヤーともコミュニケーションを取りながら生豆に対する認識を擦り合わせます」
堀口珈琲が買い付けるシングルオリジンの数は年間で200種類近くにも及びます。
その全ての風味をチェックして頭に入れていくだけでも大変な仕事です。
「全てのシングルオリジンを把握していく前提として、産地についての知識や情報をしっかりと理解しておく必要があります。どういう産地で、標高はどのくらいで、どんな生産者がいて、どういう品種を育てていて、どんな風味傾向なのか。例えばコスタリカのタラスエリアから届いたコーヒーをテイスティングする時、タラス“だから”こういう風味なのか、タラス“なのに”こういう風味なのか、認識できなければなりません。品質が素晴らしい年なのか、課題のある年なのかも理解できなければなりません」
産地に関する知識は勉強をすればインプットできますが、味覚と知識を紐づけるテイスティング能力を身に着けるためには経験が必要です。一朝一夕で習得することはできません。どのようにしてその経験を積んだのでしょうか。
「ひたすら飲みました。ブレンダーになる前、店舗で勤務している頃からコーヒーがあれば飛びつくように飲んで、そのコーヒーの風味についてロースターや周りの先輩達と擦り合わせをしました。焙煎を担当するようになってからは日々の業務の中で繰り返し風味チェックを行います。コーヒーは産地によりますが基本的に1年に1〜2回しか入港しないので、生豆の生産年毎のぶれや、入港後の生豆状態の変化など、ブレンダーとして必要な知識と経験を積み重ねていくにはどうしても時間がかかります」
例えば、味覚と感性に優れた若手が、目の前に用意されたいくつかの素材を組み合わせておいしいブレンドをつくることはできちゃうかもしれません。しかし、100種類以上のシングルオリジンを駆使しながら9つのブレンドの風味を守り、常に高い品質を維持して一年間作り続けるとなると、相応の知識と経験が必要になります。
「ブレンダーの仕事の困難さっていうのは、コーヒーが農作物であることです。求められるのは最高品質のブレンドを常に維持すること。それに対して、ブレンドの素材となるシングルオリジンは農作物なので質と量はゆらぎ、状態は変化します。同じ農地で獲れるコーヒーが毎年同じ品質になるわけではなく、産地ごとに“素晴らしい年”と“課題がある年”があります。日本に届いた後も経時変化があり、ずっと同じ味わいが維持されるものではありません。」
「ですから、ブレンダーにとっては入港した豆の風味チェックはもちろん、日々焙煎して販売する商品の風味チェックも欠かせません。生豆の状態の変化を敏感に察知して、焙煎アプローチの微調整や、配合比率を変更するなどして、ブレンドの風味を保ちます。また、コーヒーは輸入作物でもあるので、産地から日本へ予定通り生豆が届かないなんてことも日常です。そうした事態に臨機応変に対応する力も求められます」
思わず「いやぁ、大変な仕事ですね…」と呟くと、「だから9つもブレンドがなければ、どれだけ仕事が効率的で楽になるかって思うんだよ」と笑っていました。
3.主任ブレンダーが語る、ブレンドづくりの思考
知識と経験を積み重ねて主任ブレンダーとしての職責を全うしている秦ですが、
「ただ、知識と経験だけでおいしいブレンドをつくり続けることができるようになるかっていうと、そうでもないんですけどね」
とも言います。
どういうことでしょうか。
「堀口珈琲の扱うコーヒーの知識だけでブレンドをつくろうとすると、視野はどんどん狭くなります。他のコーヒー屋さんのコーヒーも飲んで、世の中ではどのような品質のコーヒーが流通し、どのような風味のコーヒーが飲用されているのかも把握しておいたほうがいい。そのほうが、今の時代の中で自分たちがつくっているコーヒーがどんな位置づけにあり何を目指すのかが自然とわかります。」
「さらに言うと、コーヒーの知識だけが豊富な“コーヒーおたく”になってしまうと、おいしいブレンドはつくれないと思います。コーヒー以外の嗜好品の中で“おいしい”とされているものはどんなものなのか。おいしいものをつくる料理人や職人、もっというと農家は何を考え、どのようにそれらをつくりあげているのか。おいしさに対する感性や、おいしいものをつくるための思考や姿勢、精神性のようなものを少しずつでも感受することが「つくり続ける」という意味でとても重要だとも思います。」
確かに、日頃から秦はいろんな種類のお酒を飲んでいます。お酒だけでなくおいしい料理にも精通しています。それも全てブレンドづくりに繋がっていきます。
「さまざまな“おいしいもの”に触れ、それをつくっている人の考え方を知ると、おいしいものをつくるためのプロセスには共通点のようなものを感じます。それをブレンドづくりの考え方に反映させることもあります。」
例えばどのような人の、どんな考え方に影響を受けたのですか?と聞くと、東京・三田のフレンチ「コート・ドール」の斉須政雄シェフの名を挙げてくれました。
「斉須シェフは著書の中で「急いだものからは急いだ味しかでません」といったことを書かれていて、それはコーヒーの焙煎やブレンドづくりにも通じます。また、「働く場所を常に清潔にしておかないとおいしいものはできない」といったニュアンスのことも書かれています。精神論のようにも思いますが、ほんとうにその通りだと感じます。横浜ロースタリーも、チームで協力して常に清潔に保っています。」
他にも「おいしい味わいをつくる人の著書は相当読んだ」と語ります。
さらには、“おいしさ”とは直接関係のない本の中からインスピレーションを受けることも多いようです。
「例えば、生物学者・福岡伸一さんの「動的平衡」という本に書かれている内容には、ブレンドづくりにおいて共感する部分が多いです。他にも、マルセルプルーストの「失われた時を求めて」という小説の中で、主人公が紅茶に浸したマドレーヌを食べた瞬間に子供の頃の記憶が蘇る、という有名な場面があるのですが、それすら「ブレンドにも通ずるな」と思ったりします。味と記憶は密接に結びつくものなので。」
笑いながら「全部ブレンドに繋がっちゃう」と言う秦の話を聞いて、ブレンダーの頭の中には常に“ブレンドすること”が巡っているのだなと感じました。
「いろいろなおいしいものに触れ、おいしいものをつくるための考え方を知り、さまざまな作品からもインスピレーションを受けると、自分のつくりたい味わい、好きな味わい、自分にとって自然なことと不自然なこと、みたいなものがすこしずつ明確になります。ブレンダーにとってやっぱり自分の嗜好は大事なことです。その裾野には様々なことが絡みます。何かに忖度したり、誰かの顔色を伺ってつくるようなブレンドは、そういう味わいにしかなりませんから。」
「創業者の堀口をはじめ、先輩たちがつくってくれたものがベースとしてあるので、私自身は力まず、怯まず、非効率な事を楽しみながら、ちょうどいい味づくりをしていたいです。お客様にもこの機会に「定番」という絶対的な安心感のある9種類に身をゆだねてもらって、自分にとっての“ちょうどいいブレンド”を見つけてもらえると嬉しいですね。」
シリーズ特集「はじめてのスペシャルティブレンド」、次回は5月上旬に更新予定です。
お楽しみに。